【総合プラントエンジニアリング企業として 世界へ】

沿革

沿 革

西暦年号詳細
1892年明治25初代井原兵吉が大阪において築炉請負業者として井原組を創立
1896年29大阪麦酒株式会社の製ビン工場建設に際し半ガス式ビンガラス槽窯二基を特命で建設
1903年36井原兵吉、インドのシーメンス式ビンガラス槽窯築炉技術指導に行く
1909年42旭硝子株式会社尼崎工場のベルギー式手吹き円筒法による板ガラス槽窯を建設
1919年大正8日米板硝子株式会社(現日本板硝子株式会社)若松工場のシーメンス式板ガラス槽窯を建設
1928年昭和3旭硝子株式会社尼崎工場のフルコール式板ガラス槽窯の建設
1939年14日本製鐵株式会社(現新日本製鐵株式会社)広畑製鐵所の連続式鋼板加熱炉および均熱炉を建設
1948年23井原築炉建設株式会社 設立 資本金50万円
1953年28石原産業株式会社四日市工場のチタン製造ロータリーキルンを建設
1954年29旭特殊ガラス株式会社のテレビ管球用ガラス槽窯を建設
1958年33井原巖新社長に就任
1960年35三宝伸銅株式会社の銅反射炉を建設
1961年36住友金属工業株式会社和歌山製鉄所の3号平炉を建設
1962年37関東事務所開設
1964年39横浜、九州営業所正式に発足

旭硝子株式会社より炉材販売店の指定を受ける

旭硝子株式会社鶴見工場でフロート式板ガラス槽窯を建設
1966年41大阪営業所伊保出張所開設(兵庫県高砂市)
1967年42井原築炉工業株式会社に社名変更

アシット工業株式会社を設立、耐酸工事の設計施工部門を分離独立さす
1968年43井原興産株式会社を設立、硝子原料(カレット)加工部門を分離、独立さす
1972年47愛知営業所(現名古屋営業所)開設

井原興材株式会社を設立、炉材の研磨加工部門を分離、独立さす

井原加建株式会社を設立、軽量新建材の加工部門を分離、独立さす

オーフェンペリスコープ(高温炉内観察装置)及び放射型金属レキュペレーター(高温排ガス用熱交換器)技術導入
1973年48対馬中部地区清掃一部組合のし尿処理施設を建設
1975年50焼却炉グループ(現環境施設部)発足
1976年51旭硝子株式会社と急速昇温技術を共同開発

沖縄県具志川市の都市ごみ焼却処理施設を建設
1977年52資本金9000万円に増資
1980年55デイタンク全電気溶融炉開発
1981年56ガデリウス株式会社(現アルストム株式会社)と「コンバストール(小型焼却炉)の製造・販売」についてと技術提携
1982年57遠赤外線利用技術開発(プリント基板乾燥・印刷・焼付炉・Xシート成形用加熱炉)
1984年59「倒炎式連帯窯」安田硝子興業株式会社へ2号機開発納入(大阪ガス株式会社より依頼)

「ガラス窯用電気ブースター」 CRI社の代理店となる
1987年62台湾支店設立
1988年63「高効率るつぼ窯」の研究開発完了、公開説明会を開催(中小企業事業団より受託)
1991年平成3シンガポール支店設立
1992年4上海耀華井原窯炉有限公司(現上海井原窯炉有限公司)を設立
1995年7「廃熱利用カレット余熱ガラス溶融システム」の研究開発完了、公開説明会を開催(中小企業事業団より受託)

アントニーニ社(イタリア)と「徐冷炉」について販売提携

「リジェネバーナー式るつぼ型ガラス溶解炉」を開発
1997年9PT.イハラテクニスインドネシアを設立(インドネシア ジャカルタ)
1998年
10「乾式ハニカム急速ガス減温装置」開発
2002年
14ISO 9001:2000 取得
2004年16井原眞一が新社長に、井原巖が取締役相談役に就任

株式会社リバース(大阪府)木屑燃料焚ボイラ設備の排ガス処理設備更新を田熊プラント株式会社より受注

住友金属工業株式会社/株式会社住金リサイクル(鹿島製鉄所)でガス製造設備 炉体設備(1期)を建設
2005年17
上海井原窯炉有限公司(旧社名:上海耀華井原窯炉有限公司)に社名変更
2006年18シンガポール支店を閉鎖
2007年19IFC KOREA Co.,LTD.(大韓民国 グミ)を設立
2008年20井原悦司が新社長に就任
2014年26排ガス設備メーカー ナフコ株式会社の全株式を取得し、子会社化する
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